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学校長あいさつ

 

   こんな学校に   学 校 経 営 方 針  
   学校は子どもの「学びと成長」の場です。
  ○温かな教師のいる学校
  ○充実した授業のある学校
  ○元気で明るい雰囲気の学校
   学校の伝統と校風を継承しつつ、愛日小学校で、学んだことが楽しい思い出・人生の原点になる学校づくりに

  努め、保護者や地域の学校として期待され、信頼され親しまれる開かれた学校をつくります。


  確かな学力を身に付けます
 ・子どもが「考えているか」「分かっているか」「身に付けているか」などの視点から具体的に創意と工夫をした

  授業実践 (自分の考えを深めて伝え合う力を育てる言語活動の工夫)

 ・体験的な学習や課題解決的な学習、コンピューターや図書室の活用

 ・学校全体として学習規律や学び方の共有化(鉛筆の使用、ノートのとり方、答え合わせや訂正時の方法、

  手の仕方等)を図り、学習効果の向上を図る(愛日スタンダード)

 ・「指導と評価の一体化」を基本とした「スモールステップでの評価活動」の実現

 


 

  豊かな人間性をはぐくみます

 ・児童相互が多様な考え方や自他の違いやよさに気づくことのできる話し合い活動の充実

 ・「認め」「ほめる」ことに加え、「諭す」「しかる」など温かさを基調にした適切な指導

 ・保護者との連携を図り共に児童を育てる。家庭訪問や年2回の個人面談の実施

 ・安全で清潔な学習環境の整備

 ・地域や諸機関の多様な人とかかわる場の設定

 

 


 

  たくましく生きる心と体をつくります

 ・児童の生命・人権・健康・安全について細心の注意をはらい、報告・連絡を密にして全校体制での意図的・

  計画的な指導の徹底

 ・体力テストをもとに適度な運動量、生活リズムや食生活の大切さについての指導の充実

 ・特別支援コーディネーターを中心として、専門家チームや巡回相談員との連携強化

 



 本校は、明治13年(1880年)7月31日に、明治3年に開校した東京最古の小学校の一つ吉井学校(加賀町)と、明治7年開校の市ヶ谷学校(柳町)が合併し現在地に創立され、今年が137周年にあたります。

 いよいよ新築校舎が完成し、平成29年3月21日、新校舎落成式典が行われました。28年度の卒業生は新しい体育館(アリーナ)で卒業式を行いました。平成29年度4月より、ピカピカの校舎で、また、新たな歴史を刻みはじめました。



 「愛日(あいじつ)」の校名は、「君子愛日以学、及時以行」(君子は日を愛みて以て学び、時に及びて以て行う…くんしは、ひをおしみてもってまなび、ときにおよびてもっておこなう)という中国の大戴礼記(だたいらいき)の一節からとったと言われます。
 新学校創立の際、学校の近くに、明治天皇の侍講(じこう)も勤め、漢学者・書家としても有名であった長三州先生が住んでおられ、当時の牛込区長秋山則白氏の依頼で校名を選ぶことになり、「愛日」としたということです。長三州先生が校名を選んだ報告の手紙と「愛日学校」の書が、戦災をまぬがれ、本校の宝物として校長室に掲げられています。 
校名の由来の額。中国の大戴礼記(だたいらいき)の一節からとったと言われます。

 


 137年という長い間にはいろいろなことがありました。大正12年の関東大震災には無事でしたが、昭和20年5月には戦災で校舎が全焼し、翌年4月には学校が閉鎖されました。しかし、由緒ある「愛日学校」を復校させたいという地元の方々の強い要望により、昭和32年4月に復校し、今日にいたっております。
 また,愛日小学校の前身,市ヶ谷学校には,あの文豪の夏目漱石先生も在籍されました。現在も長い歴史と伝統によって培われた本校の建学の精神「日を愛みて学ぶ(ひをおしみてまなぶ)」を校訓として継承しつつ,未来への展望に立った教育を推進してまいります。

   
 

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                 校名を選んだ長三州先生の書。

         戦災にも助かって、本校の

         宝物として、新校舎アリーナ前

       のフロアに掲げられています。


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    校名の由来の額。

    中国の大戴礼記(だたいらいき)

    の一節からとったと言われます。



 愛日小学校のホームページをご覧いただきありがとうございます。以下に本校の教育について、皆様にご紹介すると共に、貴重なご意見・ご感想をいただければ幸いです。



 平成29年4月   新宿区立愛日小学校長   山貝 正海


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