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「学校だより」より


「正せい論ろん」より、まず「共きょう感かん」

副ふく校こう長ちょう 見み米こめ 葉よう記き

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2月がつに入はいり、今こん年ねん度どもまとめの時じ期きに入はいってきました。子こどもたちも一いち年ねんを通つうじてできるようになったことや、引ひき続つづき努ど力りょくが必ひつ要ようなところも明あきらかになったと思おもいます。ご家か庭ていではお子こさんの成せい長ちょうについてどのように話はなしたり、接せっしたりされていますか。
私わたしたち大お人となは子こどもが何なん度ども同おなじ失しっ敗ぱいを繰くり返かえすと、つい強つよい口く調ちょうで責せめたり、正せい論ろんで詰つめたりしやすいものです。ただ正せい論ろんばかりで返かえしてしまうと子こどもは逃にげ場ばがなくなってつらくなってしまったり、子こどもの気き持もちを見み失うしないやすくなったりします。大お人となはどんな時ときに正せい論ろんを言いってしまいやすいのかを理り解かいし、状じょう況きょうに応おうじて対たい応おうを変かえていくことが必ひつ要ようです。しかしながら時じ間かんに余よ裕ゆうがなく忙いそがしくしているときは話はなしを早はやく終おわらせようと正せい論ろんで片かた付づけやすくなることが多おおいです。一いっ方ぽうで子こどもの教きょう育いくは矛む盾じゅんだらけの子こどもの気き持もちを上じょう手ずにくみ取とりながら関かかわっていくことが大たい切せつで、正ただしさや論ろん理り、根こん拠きょを述のべるのは後あとにして今いまどう感かんじているのか、何なにがつまずきとなっているのかにも目めを向むけていくことが大たい切せつです。子こどもが泣なきじゃくっている状じょう況きょうの時ときは、気き持もちがうまく伝つたえられなくてどうしていいかわからず、時ときには周しゅう囲いに対たいし攻こう撃げき的てきな言げん動どうで自じ分ぶんを防ぼう衛えいしてしまいます。そんな時ときに正せい論ろんで対たい応おうしようとしても、「全ぜん然ぜんわかってもらえない」という思おもいでいっぱいになっていることが多おおいです。「泣ないても意い味みないよ」と否ひ定ていするのではなく、「泣なきたくなるくらいつらいのはわかった」と、まずは共きょう感かんすることが心こころの扉とびらを開あけてくれる第だい一いっ歩ぽです。
なぜ正せい論ろんよりまず共きょう感かんが大たい切せつなのでしょう。大お人とな同どう士しで物もの事ごとを効こう率りつ的てきに進すすめる中なかでは、一ひとつ一ひとつ感かん情じょうに向むき合あっていくよりも合ごう理り的てきな筋すじ道みちを重じゅう視しした方ほうがよいでしょう。しかし、子こどもに対たいしては、「共きょう感かん」というステップを踏ふみ感かん情じょうを整せい理りすることで徐じょ々じょに合ごう理り的てきな考かんがえ方かたを身みに付つけていくことが、様さま々ざまな研けん究きゅうから明あきらかになっています。テストでケアレスミスをしてしまった時ときに「だから見み直なおしをしなさいといつも言いっているでしょう」と返かえされてしまうと「わかっているけどそれができないから失しっ敗ぱいしたのに」と感かん情じょうが整せい理りされず取とり残のこされてしまいます。ここで共きょう感かんが入はいって感かん情じょうが整せい理りされると問もん題だいを解かい決けつしようとする思し考こうにつながります。当とう然ぜん、相あい手ての心こころや体からだが傷きずつく恐おそれがあるときは、どんな理り由ゆうがあっても絶ぜっ対たいにいけないと、正ただしさを伝つたえることも必ひつ要ようです。
子こどもの成せい長ちょうの機き会かいを奪うばわないよう、正せい論ろんをグッと抑おさえ、気き持もちを整せい理りした上うえで話はなし合あう時じ間かんを作つくっていきたいと思おもいます。










2025年ねん2月がつ3みっ日か



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